松平直政(1/2)大坂の陣で活躍した出世株

松平直政

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人物記
名前
松平直政(1601年〜1666年)
出生地
滋賀県
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室町時代後期、中国の歴史になぞらえて戦国時代とも呼ばれた戦乱の世。この時代に終止符を打ったのが、徳川家康。家康は多くの家来に支えられ、江戸幕府を興して天下人となります。家康の孫として大坂の陣で活躍したのが松平直政でした。敵将の真田信繁(真田幸村)に若武者ぶりを絶賛され、歴代の徳川将軍と良い関係を築きました。今回は松平直政の生涯について見ていきたいと思います。

家臣に育てられた幼少期

松平直政は、慶長6年(1601)8月5日、越前北ノ荘藩主だった結城秀康の三男として生まれました。母は月照院、父の結城秀康は徳川家康の次男でしたが、父から幼少期より冷遇されており、徳川家の跡取りとなれませんでした。
近江国伊香郡中河内で生まれた直政は、河内丸と名付けられ、のちに国丸と呼ばれるようになります。
慶長10年(1605)には、家臣の朝日重政に預けられて養育されることになりました。重政は守役として直政を育てていきます。

慶長12年(1607)に父である秀康が病死してしまいますが、まだ直政は6歳でした。そのため、父の秀康の跡を継いだ異母兄である松平忠直の庇護を受けて、成長していきました。

慶長16年(1611)4月17日には、兄・忠直が取り計らったことで祖父の徳川家康と京都の二条城で謁見も果たしています。成長していった直政は、兄の松平忠直の「直」と守役で育ての親代わりだった旭重政の「政」、それぞれの字を一字ずつもらい、以後は直政と名乗るようになりました。

初陣となった大坂の陣

直政は、14歳で慶長19年(1614)から始まった大坂の陣に出陣します。
豊臣方と戦ったこの戦では、初陣ではありましたが冬の陣で真田信繁(真田幸村)が守っていた真田丸で戦うことになり、勇猛果敢な戦いぶりは敵であった幸村からも称賛されたと伝わっています。

翌年夏の大坂夏の陣では、兄の忠直に従って活躍します。
松平忠直の軍勢は、敵将であった真田信繁(砂長幸村)を始めとする多くの敵将たちの首を挙げ多大な戦功を残しています。

大坂の陣が終わった後、その勇猛果敢な戦いぶりと戦功を祖父の家康から褒め称えられました。褒賞として、直政は家康が使っていた打飼袋(食べ物やお金を入れておく袋)を与えられています。
また、兄の忠直も直政の活躍を賞賛して、自身の領内に1万石の所領を与えました。

さらに、直政は元和2年(1616)5月6日に幕府から上総姉ヶ崎藩1万石を与えられます。
同年6月には従五位下・出羽守の官位を与えられ、正式に大名となりました。
こうして、直政は跡を継ぐ予定ではなかったものの、大坂の陣での活躍を認められて大名となり、異例の出世を遂げたのです。

加増されていった後半生

元和9年(1623)、兄である松平忠直が乱行および叔父である徳川秀忠との不仲かが原因で家督の座から隠退させられてしまいます。これは、忠直の大坂の陣での戦功が正当に評価されなかったために幕府へ不満を募らせていたからとも言われています。
忠直は豊後国(現在の大分県大分市)に配流・謹慎の処せられ、出家することとなりました。

対する直政は寛永元年(1624)6月、越前大野藩5万石に加増移封されます。また同年8月6日に従四位下に昇叙(出羽守如元)されました。寛永3年(1626年)8月19日には、侍従を兼任することになります。

さらに寛永10年(1633)4月22日には、信濃松本藩7万石へ加増移封となります。
寛永11年(1634)、松本城に月見櫓、辰巳附櫓を建てて、城門の修復を行っていますが、理由として3代将軍の徳川家光が上洛の帰路に木曾路を通ったのち、善光寺参詣と松本に立ち寄る予定があったためだとされています。

他にも、寛永13年(1636)には松本に新銭座を起こして寛永通宝松本銭を鋳造しています。
3代将軍である家光の従兄弟として、通常は小さな藩では許されないような大事業を許可されていました。
また職人の人足役を免除し、松本町の地子年貢(地役)も免除するなど内政にも力を入れており、堅実な領国運営を行っています。

松江への移封と直政の最期

寛永15年(1638)2月11日、出雲松江藩18万6千石(および隠岐国1万4千石を代理統治)へ加増移封された直政は、とうとう国持大名となりました。
松江藩に移った直政は、領内のキリシタンを厳しく弾圧しています。
キリシタン弾圧の厳しさは、幕府の明があったとはいえ以前の領主であった堀尾家や京極忠高とは比べ物にならないほど苛烈であったとも言われています。

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葉月 智世
執筆者 (ライター) 学生時代から歴史や地理が好きで、史跡や寺社仏閣巡りを楽しみ、古文書などを調べてきました。特に日本史ででは中世、世界史ではヨーロッパ史に強く、一次資料などの資料はもちろん、エンタメ歴史小説まで幅広く読んでいます。 好きな武将や城は多すぎてなかなか挙げられませんが、特に松永久秀・明智光秀、城であれば彦根城・伏見城が好き。武将の人生や城の歴史について話し始めると止まらない一面もあります。