館山藩一度は廃藩になった

館山藩

里見家の家紋「二つ引両」

記事カテゴリ
藩史
藩名
館山藩(1668年〜1871年)
所属
千葉県
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館山城

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館山城は、千葉県南部にある安房一帯を治めていた藩です。長編伝奇小説南総里見八犬伝で有名な安房里見氏が開藩しましたが、わずか1代で改易され以後100年以上廃藩となり、稲葉正明によって再び藩として蘇ったという珍しい歴史を持ちます。そんな館山藩の歴史を紐解いていきましょう。

里見氏の時代

里見氏は、平安時代末期から鎌倉時代初期に活躍した武将、新田義重を祖とする新田氏の傍流です。相模国一帯を治めていた後北条氏と対立と和睦を繰り返しながら安房と上総国、下総国へと領土を拡大していきました。

里見氏7代目当主であり、館山城を築いた里見義頼は北条氏政の娘と妹を相次いで娶り、北条氏と和睦を結びつつ自身の甥にあたる里見義重と家督争いをして安房・上総・下総の地を我が物とします。この頃、安土では織田信長が天下統一を目指し、甲斐では武田信玄の跡を継いだ武田勝頼が中央への進出を図っていました。

天正10年(1582年)に織田信長は武田勝頼を滅ぼしたものの、自身も本能寺の変で明智光秀に討たれます。その結果、武田氏の旧領地を巡って天正壬午の乱が発生しますが、里見義頼は巧みな外交手腕で北条氏と対立したり和睦したりして、最終的に豊臣秀吉につきます。義頼の跡を継いだ嫡子義康は、後北条氏を討伐した小田原征伐の際、豊臣秀吉に味方しましたが、惣無事令に反して独自の制札をしたとして、上総国下総国を取り上げられて安房のみを安堵されました。

その後、里見義康は9万2000石の大名として豊臣家の家臣になります。その一方で、豊臣秀吉の不興をかった際に仲裁を買って出てくれた徳川家康に接近し、慶長6年(1600年)に起こった関ヶ原の戦いでは、東軍につきました。関ヶ原の戦いでの軍功を理由に、安房に加えて常陸国鹿島郡に3万石の領地を得て里見氏は12万2000石の大名になります。

しかし、里見義康の跡を継いだ里見忠義が、老中大久保忠隣の孫娘を娶ったことで、大久保忠隣が徳川家康の不興を買って改易になった際に連座して改易となりました。

里見忠義は領地召し上げのうえ、わずか100人扶持の待遇で移封となります。里見忠義は改易が心身の負担となったのか29歳の若さで亡くなり、嫡子がいないことから里見家は断絶となります。しかし、一説によると庶子が複数いたという記録があり、彼らは他家に旗本として仕え、子孫も残っている層です。また、八賢士と呼ばれる里見忠義の中心が殉職したという伝説が残っており、滝沢馬琴はこの八賢士から南総里見八犬伝の着想を得たという逸話も残っています。

稲葉家による館山藩の復活

館山藩が廃藩になった後、旧館山藩領地は、元和6年(1620年)に東条藩(1万石)、元和8年(1622年)に安房勝山藩(3万石)、寛永15年(1638年)に北条藩(1万石)、安房三枝藩(1万石)に分割されました。しかし、安房勝山藩と北条藩以外、いずれも早い内に藩主の家が断絶し、幕末まで現存したのは安房勝山藩のみです。

そんな館山藩ですが、天明元年(1781年)に、旗本稲葉正明が藩主となって藩が復活します。廃藩から100年以上の時が過ぎていました。なお、稲葉正明は徳川家治のもとで田沼億次の元で権勢を振るった実力者です。しかし、徳川家治が死去すると田沼億次が失脚、連座して稲葉正明も松平定信によって石高を1万3000石から1万石に減らされました。それでも、家督相続は赦されたので館山藩は幕末まで存続します。

稲葉氏が再び歴史の表舞台に出てくるのは、4代目領主稲葉正巳の時代です。彼は、徳川家斉のもと、若年寄に出世して慶応2年(1866年)、陸軍奉行、老中格、海軍総裁に就任しました。彼は大変有能な藩主であり、最後の将軍徳川慶喜の代には若年寄、老中格、海軍総裁、陸軍奉行、大番頭、講武所奉といった幕府の要職を歴任しました。しかし、戊辰戦争中に全ての役職を辞し、新政府に恭順しようとします。館山藩は江戸にも近かったので、幕府軍と新政府軍両方の侵攻をうけますが、かろうじてそれを退けて明治維新を迎えました。

まとめ

館山藩は江戸時代初期に一度廃藩になり、100年以上後に再度復活するという珍しい経歴を持つ藩です。藩主をつとめた里見氏や稲葉氏は有能な藩主が多く、江戸幕府成立のときは里見氏、幕末は稲葉氏がそれぞれ幕府を支えました。

なお、現在は廃城になった館山城が再建されており、南総里見八犬伝の資料館になっています。里見氏の子孫は今でも現存しています。

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AYAME
執筆者 (ライター) 江戸時代を中心とした歴史大好きライターです。 趣味は史跡と寺社仏閣巡り、そして歴史小説の読書。 気になった場所があればどこにでも飛んでいきます。 最近は刀剣乱舞のヒットのおかげで刀剣の展示会が増えたことを密かに喜んでいます。
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