アヘン戦争イギリスが清に仕掛けた侵略戦争はなぜ起こった？

1840年から1842年にかけて、イギリスと清が戦った「アヘン戦争」。イギリスが清との貿易により流出させた銀を取り戻そうと、植民地のインド経由でアヘンを清に流したことがきっかけで起こりました。隣国の清がイギリスに敗れたことは、日本の鎖国政策にも大きな影響を与えています。今回はそんなアヘン戦争について詳しくみていきます。

アヘン戦争の原因となったイギリスと清の貿易

アヘン戦争の原因は、イギリスと清のアンバランスな貿易にありました。当時、清からイギリスへは生糸や陶磁器、茶などが輸出され、大人気を博しました。特に茶は多くの人に愛飲されたことで輸入量はどんどん増え、18世紀半ばに輸入数が1360トンだったところ、1800年にはなんと約1万1000トンにまで増えています。

一方イギリスから中国へは綿布などの工業製品を輸出しましたが、こちらは大失敗。イギリスは清との貿易の対価として銀を支払っていたため、イギリスから清へと大量の銀が流れる貿易赤字の事態に陥りました。

赤字を解消し、流出した銀を取り戻そうとしたイギリスが考えたのが、インド植民地で栽培されているアヘンを活用することでした。インドで貿易独占権を得ていた勅許会社のイギリス東インド会社は生糸や藍、砂糖、綿花などを生産していましたが、そのなかでも有力だったのがベンガル地方で作られていたアヘンだったのです。

イギリスがインド経由でアヘンを清に輸出

アヘンはケシの果実から採取できる白い汁を乾燥させてできる麻薬です。ケシは紀元前3400年頃、メソポタミアで栽培されており、古代エジプトなどでアヘンが薬として使われていたことが分かっています。ます。どうやら鎮痛剤として使われていたようです。

その後世界的に医薬品として広がっていったアヘンですが、その中毒性は知られていました。中国には17世紀、オランダ人経由でアヘンを吸う習慣がもたらされています。

イギリス東インド会社はインドからアヘンを清に輸出し銀貨を得ました。一方でイギリスはインドに綿織物を売りつけ、インド経由で銀を回収することに成功します。こうしてイギリス・清・インド間の三角貿易が進んでいったのです。

なお、清ではアヘンの輸入は禁じられていましたが、アヘン喫煙者はどんどん増えていきました。利益を得ようとアヘン商人達が積極的に密輸にかかわったこと、加え官吏たちが賄賂を経てアヘンを見逃すようになったことが原因だったようです。アヘンの密輸量はどんどん増え、1731年は約200箱が密輸。1790年には約4000箱、1830年には約2万箱、1839年には約4万箱まで増加しています。

清はアヘン対策に林則徐を起用

アヘンの広がりは人々の健康被害に加え、清国内の銀保有量の減少、治安の悪化などさまざまな問題を引き起こしました。このため清政府は本格的な取り締まりを開始します。

当時の皇帝・道光帝のもとにはまず、アヘンの貿易を認めて関税収入を得ようとする官僚・許乃済による「弛禁論」が提出されましたが、多くの反対を得て却下されました。続いて黄爵滋がアヘンを禁じてアヘン中毒者を死刑にする「厳禁論」を提出します。

道光帝は厳禁論を受け入れることを決め、厳禁論に対する意見を中央・地方問わず幅広く官僚などから募集しました。優れた提案をしたものを臨時の特命大臣・欽差大臣に任命しようとしたのです。選ばれたのは湖広総督（湖北省と湖南省を治める長官）だった林則徐でした。

林則徐による苛烈な取り締まり

1838年に欽差大臣に就任した林則徐は早速アヘン喫煙者や売人達を逮捕し、喫煙具を没収します。1839年に広東に赴任したのちは、広東でも厳しい取り締まりを実施。3月に入るとイギリスをはじめとした外国商人達へ、手持ちのアヘンを全て提出するとともに、3日以内に今後アヘンを中国国内に持ち込まないとした誓約書を提出するよう要求したのです。加えて林則徐は引き渡さない場合は港を閉鎖すると脅しました。

ところが商人たちは誓約書の提出期限を無視し、アヘンについても1037箱のみの提出を申し出ました。アヘンは実際は2万箱あるはずだと知っていた林則徐はこれを受け入れませんでした。

さらに林則徐はイギリス商人の逮捕を命じますがイギリス側は拒否。林則徐に対応するために外交官で貿易監督官のチャールズ・エリオットが広東入りしますが、それを知った林則徐は3月24日、エリオットのいるイギリス領事館を官兵で取り囲んで封鎖しました。

この時はイギリス側が折れ、エリオットは3月27日に2万283箱のアヘンを引き渡す旨を伝えました。アヘンの引き渡しは5月までかかり、林則徐は押収した1425トンにも及ぶアヘンを虎門（現在の中華人民共和国広東省東莞市虎門鎮）に運びました。そして海岸沿いに作った人工池にアヘンを沈め、化学反応により無害化して海に流したのです。全てのアヘンを処理するには6月3日から25日まで、なんと20日以上もかかりました。

林則徐vsエリオット、誓約書をめぐる争い

清側の厳しい対応に激怒したチャールズ・エリオットはイギリス商人全員を率いてマカオに退去します。一方で林則徐が要求した誓約書への署名は断固として受け入れませんでした。

こうしたなか、さらなる事件が起こります。九龍半島で酒に酔っ払ったイギリス船員が現地住民を殺害したのです。清側は犯人を当局に引き渡すよう求めましたが、エリオットは引き渡さなかったため林則徐は「清の主権を犯した」と批判します。そしてイギリス人への食料供給の禁止、マカオのイギリス船の入港禁止などの強硬措置に出ました。これに対しエリオット率いる軍艦は九龍沖で清国兵船に対して発砲します。

結局清は食料の密売を黙認する形で許可。のちに食料供給の禁止を解除しています。その後、林則徐ら清側とエリオットらイギリス側は、林則徐の求める誓約書への署名をめぐって小競り合いを起こし続けるのです。

アヘン戦争①イギリス議会で開戦派と非戦派が争う

アヘン貿易をめぐって広東やマカオで争いがおこる一方で、イギリス本国では議会で対清問題について議論が進められていました。

当時のイギリスはヴィクトリア女王の元、ホィッグ党のメルバーン内閣が自由貿易の拡大をうたって外交政策を展開していました。対清についても貿易上の利益を得たいところではあり、清の閉鎖的な貿易体制やイギリスの外交官への対応への批判の声があがっていました。一方で、アヘンは中毒性のある危険な麻薬であることから、清にアヘンを押し付けることはいかがなものか、と人道的観点から批判する声も多くありました。

そんななか、議会では外務大臣のパーマストンら率いる戦争賛成派は戦争を推し進めようとします。その裏側には林則徐により清から追い出されたイギリス商人たちの根回しがありました。それに対し、野党だったトーリー党のウィリアム・グラッドストン（後の首相）などは大反対。演説で「その原因がかくも不正な戦争、かくも永続的に不名誉となる戦争を、私はかつて知らないし詠んだことさえない」と非難しました。

議会は紛糾しますが、清への出兵の予算案は賛成271票、反対262票とわずか9票差で可決されてしまいます。

アヘン戦争②イギリスが宣戦布告、艦隊が天津沖へ

1840年に入るとイギリスは清を攻める準備を進め、軍艦を建造し兵士を集めました。そして夏には最新鋭の兵器を乗せた48隻の艦船と約4000人の兵員からなる艦隊で清への侵攻を開始したのです。

武力行使前、イギリス政府は清に対し、貿易の中断やアヘンの没収に対する賠償を求める最終通牒を突きつけましたが、清側は拒否し、イギリスが攻めてくるのに対応するため珠江沿岸部に砲台を整備するなど準備しました。これを受けたイギリス艦隊はマカオ沖を経由し、広州を素通りして舟山列島を攻めて占領。続いて北上して首都・北京に近い天津港の沖に現れました。北京を脅かすイギリス艦隊におびえた清政権は林則徐を左遷し、後任に琦善を任命します。

琦善はイギリス側の特命全権大使となっていたチャールズ・エリオットと交渉して全面戦争を避けようとしました。2国間の協議は8月30日からスタートしており、和平交渉に入ったと判断したイギリス艦隊は11月にはマカオ沖まで移動しますが、それを見た清側がイギリスにおもねる態度を翻し、交渉は難航しました。

結局イギリス側は再度武力行使に出ます。珠江河口の沙角（穿鼻とも）と大角の砲台を攻撃して虎門に侵入したのです。この際清の死者は約300人ですが、イギリス側は0。圧倒的な兵力差に清側は停戦を申し入れます。

そしてついに1841年1月20日に「穿鼻仮協定（穿鼻草約）」が締結されます。これは広東の貿易を1月23日から再開する、香港島はイギリスに割譲する、清は賠償金600万ドルを支払う、両国官憲の対等交の4つをうたったものでした。この仮締結を受け、イギリス軍は次々と撤退していきます。

アヘン戦争③イギリスの圧倒的な戦力に清が敗れる

イギリス軍の撤退を知った清政府では、ふたたびイギリスへの強硬派が勢いを増していました。加えて道光帝は川鼻条約を拒否し、琦善を解任しました。一方でチャールズ・エリオットも、条約の正式締結前に舟山列島を勝手に返還したことなどを責められ罷免されました。

そしてイギリス軍は再び武力行使を開始します。2月には虎門を落とし、周辺地域を次々と攻め、5月には広東省城を包囲しました。その結果再び和平交渉が行われ、広州和約が締結されます。これは清軍が広州城を撤退することで広東省城への総攻撃をやめるというもの。さらに清は賠償金を支払うとともに、イギリス軍の駐留を認めるなどといった内容でした。

そんななか、5月30日には広州の郊外で郷村指導者たちが指導する民間組織「平英団」による武装蜂起が発生しました。イギリス軍による農村での略奪に怒りを募らせた民間の人々約1万人超による反英闘争でしたが、イギリスは広州和約違反だと清政府に抗議します。このため平英団は清当局が鎮圧することになりました。

広州和約があったとはいえ、アヘンに対する根本的な解決には至っておらず、イギリスと清は小競り合いを続けます。1841年8月には再びイギリスの艦隊が北進し、厦門や寧波などを占領。道光帝は反撃しますがいずれもイギリス軍に惨敗しました。最新鋭の武器を持つイギリス軍に対し、旧来型の武器を持った中国軍はなすすべがありませんでした。

イギリス軍は冬はモンスーン対策で軍事行動を控えましたが、春になって行動を再開。1842年5月には北進を再開し、上海を攻略して南京近くの鎮江を陥落させました。これにより長江（揚子江）への海運がストップし、北京への食料供給が難しくなりました。このため道光帝をはじめとする清の中枢部はイギリスと和睦を決意します。そして8月11日から始まった和睦交渉の結果、8月29日にイギリス軍艦のコーンウォリス号の上で南京条約が締結されました。

アヘン戦争④南京条約の内容とは？

南京条約の内容はイギリスに有利なものでした。清は香港のイギリス割譲はもちろん、公行制度の廃止、広州・厦門・福州・寧波・上海の5港の解放、開港に領事を置くことを認め、関税率は協定で決めることなどを認めざるを得なかったのです。

加えて賠償金として戦費が1200万ドル、アヘンを没収した際の賠償金が600万ドル、そのほか合わせて2100万ドルの支払いを課せられました。

さらに両国は1843年10月に虎門寨追加条約を締結します。これは清側の関税自主権の喪失、領事裁判権をイギリスにゆだねるなどの不平等条約でした。その後清はこうした条約をアメリカやフランスとも締結することになります。

アヘン戦争が日本に与えた影響

アヘン戦争が起こった1840年から1842年、日本は老中・水野忠邦による天保の改革の真っ最中でした。対外対策としては文政8年（1825年）に「異国船打払令」により、訪れる異国船をすべて追い払っていました。

そんな日本が隣国・清とイギリスの戦いに興味を持たないわけはありません。長崎のオランダ船経由などで積極的に情報収集に努めました。そして大国・清がイギリスに敗れ、不平等条約を結んだことは幕府に多大なる衝撃を与えました。西洋諸国の技術、軍事力の脅威を感じた幕府は、天保13年（1842年）にすぐさま薪水給与令を発布して異国船討払令を緩和。遭難船に限りますが、水や薪、食料を与えたうえで退去させるようにしたのです。

さらに幕府は軍備強化を図ります。西洋流砲術を採用するほか、初藩に海防を含む軍備強化をするよう命じています。各藩もアヘン戦争で清が敗れたことはかなり衝撃だったようで、薩摩藩主の島津斉彬など、西洋の技術を取り入れつつ近代化に取り組む藩が増えていくのでした。