二子玉川都市と自然が交差する街を散歩
- 和さんぽとは 和装で各地をお散歩する企画です。各地の名所、名跡、スポット、食事処などご紹介します。
日本の旅侍×「和と人の交流ちとせ」の企画「和さんぽ」。今回は和と人の交流ちとせの代表理事で、剣舞や殺陣などのパフォーマーとして活躍する鏑木志織さん一緒に、東京都世田谷区南部の二子玉川をお散歩しました。
二子玉川エリアとは
二子玉川エリアは多摩川を境に神奈川県と隣接している地区です。1982年から再開発がされ、東急大井町線・田園都市線の「二子玉川駅」を中心に大型商業施設やオフィスビルなどからなる「二子玉川ライズ」が広がり、ビジネスパーソンから家族層まで多くの人々でにぎわっています。楽天の本社「楽天クリムゾンハウス」があることでも知られています。駅の南側には多摩川の河川敷が広がっており、スポーツを楽しむ人々の姿も。夏には花火大会が開催されますよ。
駅から少し離れると丸子川や野川が流れ、国分寺崖線の緑が広がります。二子玉川は江戸時代、相模国大山(現神奈川県伊勢原市)にお参りする「大山詣」に向かうための道「大山道」が東西に横切っており、多摩川を渡る「渡し」がありました。このため周囲には江戸時代から旅館や料理屋などが並び、人々の往来でにぎわいを見せていました。大正時代になると納涼船に乗った人々が、鮎をはじめとした取れたての川魚を楽しむなんてこともあったようです。
また、二子玉川は行楽地としても有名でした。玉川電気鉄道の乗客を誘致するため、明治49年(1909年)には現在の玉川大師の近くにある身延山関東別院のあたりに「玉川遊園地」がオープン。やがて多摩川沿いに「玉川児童園(玉川第二遊園地)」が開業します。第二次世界大戦により閉園しましたが、戦後は玉川自動園の跡を継ぐかたちで「二子玉川園」が開業。しかし、昭和60年(1985年)にこちらも閉園しています。
加えて、二子玉川は明治後期から昭和初期まで、実業家などから別荘地や邸宅地として人気を集めました。戦後も傾向は変わらず、現在も二子玉川には閑静な住宅地が広がっています。
日本有数の地下霊場がある「玉川大師」
二子玉川駅から北に向かって散歩すること徒歩約12分、住宅地の中に真言宗の寺院「寶泉山玉眞院(ほうせんざんぎょくしんいん)」、通称玉川大師が見えてきます。玉川大師の創建は大正時代で、龍海大和尚が大正14年(1925年)に大師堂を作ったのが始まりです。その後6年の歳月をかけて、昭和9年(1934年)に竜海阿闍梨が巨大な地下霊場「地下仏遍照金剛殿」を建立しました。
地下5mにある鉄筋コンクリート造りの地下仏殿はお参りすると四国八十八ヶ所・西国三十三番霊場をお参りしたのと同じご利益を得ることができる、パワースポットです。参道はなんと約100m!地下仏殿全体で大日如来の胎内、胎蔵界曼荼羅を表しているそうです。
真っ暗ななか、「南無大師遍照金剛」と唱えながらゆっくりとお参りすると、ぼんやりと灯りが見えてきます。暗い道を抜けたところには燈明の淡い灯りに照らされた300体の石仏がずらりと並んでいます。数え年の石仏を探して祈願しましょう。
また、玉川大師のご本尊は弘法大師像。境内には安産子育地蔵尊や水子地蔵尊像、不動明王像、ぼけ封じ観世音菩薩像などが祀られており、ぼけ封じ関東三十三観音霊場としても有名です。
- 寶泉山玉眞院(玉川大師)
- 東京都世田谷区瀬田4-13-3玉川大師
瀬田玉川神社
続いて散歩したのが玉川大師から徒歩約3分の瀬田玉川神社です。ちなみにこの辺りはほかにも神社にお寺、教会と宗教施設が密集しています。
瀬田玉川神社は国分寺崖線の上にある鎮守の杜の緑に囲まれた二子玉川の氏神様です。「おみたけさん」の愛称で親しまれており、約450年前の永禄年間(1558年~1570年)にこの村の下屋敷に勧請されました。
寛永3年(1626年)には下屋敷から瀧ヶ谷に遷宮されています。明治41年(1908年)に近くの小社や祠などを合祀し、それまでの「御嶽神社」から地名にあわせて「玉川神社」に改称しています。のちに町名が瀬田、玉川に変更したことから現在の名になっています。ちなみに、玉川神社の丘の下には明治時代に「玉川遊園地」が作られています。
神社の主祭神は大己貴命、少彦名命、日本武尊で、このほか境内末社として稲荷神社があるほか、明治時代には八幡神社や天祖神社などの神社を合祀しています。飛地境内末社に病にご利益のある「瘡守稲荷神社」もあるので、時間がある場合はこちらもぜひお参りしましょう。
神社にお参りする際は吊るされた大きな鈴を鳴らすのが一般的ですが、瀬田玉川神社では巫女が神事で用いる「神楽鈴」を鳴らしてお参りします。鈴の音で参拝者を祓い清め、神霊の発動を願うそうです。
神社は月替わりの御朱印に正月や例大祭の御朱印など、さまざまな御朱印をいただけることでも有名です。半立体型の「飛び出す大干支絵馬」等フォトスポットもたくさんあります。参道の石段には「神様クイズ」があり、「神社de献血」「巫女舞教室」等のイベントも豊富です。子供向けの教室やワークショップもあり、さまざまな参拝者が楽しみながら神様と触れ合える、そんな親しみ深さを感じる神社です。
- 瀬田玉川神社
- 東京都世田谷区瀬田4-11-31
工場を改装したアメリカンな空間で一休み「Cafe Soul Tree」
瀬田玉川神社から野川に向かってのんびり散歩すると都道沿いに工場のような建物を発見しました。近づいてみるとカフェの看板が出ていたので入ってみると…なんだかアメリカンな空間が広がっていました!
そんな「Cafe Soul Tree」は廃墟化していた古い鉄工所をリノベーションしてオープンしたカフェで、独特の雰囲気が人気です。朝食からディナーまで幅広く営業していますが、今回はランチタイムにお邪魔しました。
店内にはショップがは併設されており、カフェで使用しているコーヒー豆や調味料、シロップなどに加え、レトロでおしゃれなクラフト用品がずらりと並びます。カフェの2階は工房になっていて、そこで革製品や帆布、デニムなどを使ったバッグを制作しているそうです。鏑木さんも興味深げにしげしげと眺めていました。
今回オーダーしたのはレギュラーハンバーガー。ずっしりとした肉肉しいハンバーガーは食べごたえたっぷり!鏑木さんは思いっきりかぶりついて堪能していました。
- Cafe Soul Tree
- 東京都世田谷区鎌田3-2-15
バウムクーヘンの名店「ヴィヨン 二子玉川工房」
Cafe Soul Treeから二子玉川駅に向かって散歩すること約15分、玉川高島屋の近くにあるのが「ヴィヨン 二子玉川工房」です。1965年創業のバウムクーヘンの名店「ヴィヨン」の2号店で、大きなガラス窓と木を活かした山小屋のような外観のお店からは甘いにおいが漂います。
窓から覗くと職人さんがバウムクーヘンを焼いている様子が見えますよ!回転している芯棒にひとひとつ手作業で生地を塗って層を作っている様子はついつい見入ってしまいます。
ヴィヨンのバウムクーヘンは職人さんが手作りで一つ一つ丁寧に焼き上げているのが特徴。乳化剤や膨張剤を一切使わず、国産卵とカルピス発酵バターを使ったバウムクーヘンはとってもしっとりしています。バウムクーヘンというと食べると飲み物が欲しくなるイメージが強いですが、ここのバウムクーヘンは「水なしバウムクーヘン」と言われるほどしっとりなんです。
しかもドイツ農業協会が主催する世界最高峰のDLGコンテストで金賞を連続受賞!本場ドイツでも認められたバウムクーヘンです。鏑木さんは今回カットクーヘンのプレーンをチョイス。食べ応えのある伝統のバウムクーヘンを楽しみました。
- ヴィヨン 二子玉川工房
- 東京都世田谷区玉川3-24-15
- 【今回の散歩コース】
- 二子玉川駅→寶泉山玉眞院(玉川大師)→瀬田玉川神社→Cafe Soul Tree→ヴィヨン 二子玉川工房
- 【今回訪れたスポット】
- 「寶泉山玉眞院(玉川大師)」東京都世田谷区瀬田4-13-3玉川大師
「瀬田玉川神社」東京都世田谷区瀬田4-11-31
「Cafe Soul Tree」東京都世田谷区鎌田3-2-15
「ヴィヨン 二子玉川工房」東京都世田谷区玉川3-24-15
- 出演 鏑木志織(剣舞・創作舞踊・殺陣) NPO法人「和と人の交流ちとせ」代表理事。特技は剣舞・創作舞踊・殺陣。ミス江戸NADESHIKO2019準グランプリ受賞。JAPAN EXPO in Paris演舞ほか、JAPANIMANGA Night 2018(スイス)、KANAGAWA Festival in Hanoii 2019(ベトナム)等海外公演の実績あり。映画キングダム2にも関わる。Instagramフォロワー数1.8万人。
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- 執筆者 栗本奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。