広島市原爆からの復興を遂げた歴史ある街を散歩する

和さんぽ
和さんぽとは 和装で各地をお散歩する企画です。各地の名所、名跡、スポット、食事処などご紹介します。

日本の旅侍×「和と人の交流ちとせ」の企画「和さんぽ」。第七回はちょっと遠出!和と人の交流ちとせの代表理事を務め、剣舞や殺陣などのパフォーマーとして活躍する鏑木志織さんと、広島県広島市をめぐりました。

広島市とは

広島県西部にある広島市は県庁所在地で、人口約118万人の政令指定都市です。中国四国エリアで最も多い人口を誇る都市は、太平洋戦争で落とされた原爆により壊滅的な被害を受けました。荒廃の中から復興を遂げ、現在は「国際平和文化都市」としてさまざまな平和関連事業に取り組んでいます。製造業も多く、ものづくりの街としても知られています。

広島を観光するなら気軽に乗れる路面電車がおすすめ。世界遺産の原爆ドームや広島城などを結んでいるのでとても便利です。さらに廿日市にある世界遺産・厳島神社のある宮島近くまで路面電車で移動できます。

また、瀬戸内海に面した広島市は市内を6本の川が流れており、「水の都ひろしま」としても知られています。河川遊覧船や水辺のカフェなども魅力のひとつです。

広島の要・広島城

まず最初に訪れたのは、広島城。戦国時代に中国地方を統一した毛利元就の孫・毛利輝元が天正17年(1589年)に築城を開始しました。

慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いで敗れた輝元は周防・長門2ヶ国(山口県)に減封され、代わって福島正則が広島城に入城します。正則は広島城を改修・普請しましたが、幕府の許可なく実施したことで改易されてしまい、その次に広島城に入ったのが浅野長晟。そのまま明治維新まで浅野氏が広島を統治しました。

広島城には明治維新後、県庁や軍事施設が置かれ、日清戦争の際は大本営が設置されました。この時点では江戸時代からの天守閣や東走櫓、表御門などが残されていましたが、昭和20年(1945年)8月6日に投下された原爆で全焼。戦後、天守は昭和33年(1958年)に鉄筋コンクリート製で復元され、現在内部は博物館になっています。

さらに当時の図面発掘調査や発掘調査などに基づき、二の丸の表御門・平櫓・多聞櫓・太鼓櫓などが1994年までに木造で再建されており、見どころのひとつ。鏑木さんも「江戸時代からそのまま残っているのでないかと思うくらい歴史を感じる、パワーのある雰囲気がとても素敵!」と大喜びでした。このほか随所にみられる石垣にも注目です。

広島護国神社で鯉に祈願

そんな広島城跡内にある神社が「広島護国神社」。戊辰戦争の際に活躍・戦死した広島藩士・高間省三など78柱を祀るため、広島市東区の二葉の里に「水草霊社」を造営したのが最初です。その後太平洋戦争までに戦没した約9万2000柱を祀るようになり、そのなかには原爆の犠牲となった動員学徒や女子挺身隊等も含まれます。

原爆による社殿消失等を経て、昭和31年(1956年)秋に現在の場所に移転。2009年に改修・拡張工事が完了し、現在に至ります。見た目は新しい神社ですが、その成り立ちから深みを感じる神社です。毎年50万人超が初詣で訪問し、広島県のなかではトップクラスの人気の神社で、毎年広島カープが必勝祈願をしていることでも有名ですよ。

広島城が「鯉城」と呼ばれていることにちなみ、本殿のそばには仲良く泳ぐ2匹の鯉「双鯉の像」と滝を昇る「昇鯉(しょうり)の像」があります。双鯉の像は恋愛成就や家内安全、夫婦円満、昇鯉の像は難関突破、目標達成、開運出世のご利益があるのだとか。訪れた際は必ず撫でておきましょう。

原爆の被害を物語る「原爆ドーム」

続いて訪れたのは平和記念公園内の世界文化遺産「原爆ドーム」です。「核兵器の惨禍を伝える建築物」として登録されていますが、もとは広島県産業奨励館で、チェコ人建築家ヤン・レツルによって建てられた西洋風のおしゃれな建物でした。

昭和20年(1945年)8月6日午前8時15分、米軍のB29爆撃機3機が投下した原爆により原爆ドームは大破・全焼し、中にいた人々は即死。爆弾は上空約580mで爆発し、爆心地からわずか150mにあった原爆ドームは大きな被害を受けました。とはいえ、爆風がほぼ真上から来たこと、窓から風が逃げたことなどにより、銅板でできたドームは倒壊せず残りました。

広島市によれば、原爆による死者だけでも約14万人で、さらに多くの負傷者・被爆者がおり、今も後遺症に苦しむ人がいます。原爆ドームはそうした原爆の悲惨な記憶を呼び起こすことや、倒壊の危険があることから壊すことも検討されました。しかし、核兵器の惨禍を未来に伝え、人々を戒めるとともに、核兵器の廃絶と世界の恒久平和の大切さを訴える遺産として保存が決定。被爆後の状況をそのまま保つために工事を重ね、その姿を今にとどめています。

原爆ドームは施設保存の観点から立ち入り禁止ですが、見る人が思わず息をのむ存在感のある被爆建物です。鏑木さんも「その当時のままにはならないはずのものをそこに残して伝えていく重みをすごく感じました」と語っていました。

なお、原爆ドームのある平和記念公園には広島平和記念資料館や原爆死没者慰霊碑、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館などがあります。原爆ドームだけでなく、ぜひ時間をとって他のスポットもじっくり訪れてくださいね。

お好み焼 みっちゃん太田屋鉄砲町店

広島市内を巡った後は広島らしいグルメで一息つきましょう。広島といえばお好み焼き。生地と具をすべて混ぜ込んで焼く関西風のお好み焼きとは異なり、広島風のお好み焼きは生地の上にキャベツや具をどんどん重ねて裏返します。麺が加わるのも広島風の特徴です。

広島市内にはさまざまなお好み焼き店が軒を連ねていますが、今回訪れたのは「お好み焼 みっちゃん太田屋鉄砲町店」。創業67年の老舗お好み焼き屋さんで、もとは橋本町にあったのですが、2020年に鉄炮町に移転しました。

みっちゃんのお好み焼きはふっくらと蒸し焼きにした水分が多めのお好み焼き。甘みのあるキャベツにスパイシーな「カープソース」がたまりません!追いマヨネーズするのもおすすめです。

鉄板焼きや筋煮込み、一口餃子などのおつまみも豊富で、夏はざる豆腐、冬はおでんといった季節限定メニューを用意。昭和風のお店でのんびりお好み焼きとお酒を楽しめます。鏑木さん曰く「食べ物全部が柔らかくてめちゃくちゃ美味しかったです!」とのことでした。

「おりづるタワー」で広島の夜景を眺める

最後に向かったのは原爆ドームの隣にある「おりづるタワー」。「復興と未来」をテーマに2016年にオープンした施設で、1階にはお好み焼き屋にカフェや物産館、12階には平和記念公園を一望できる開放的な屋上展望台「ひろしまの丘」があります。夜は美しい夜景が望め、吹き抜ける風から広島を感じられますよ。鏑木さんも「技術が集合していて、刺激が欲しい人が集まっているというような空気感が面白い」と話していました。

同じく12階にある「おりづる広場」はデジタルコンテンツで広島の歴史を学べます。おりづるを折って壁に投入する「おりづるの壁」には、いままでに投入されたおりづるがたくさん!外から眺められるようになっており、広島の風景の一部となっています。

【今回の散歩コース】
広島城→広島護国神社→原爆ドーム→お好み焼 みっちゃん太田屋鉄砲町店→おりづるタワー
【今回訪れたスポット】
「広島城」広島県広島市中区基町21-1
「広島護国神社」広島県広島市中区基町21-2
「原爆ドーム」広島県広島市中区大手町1-10
「お好み焼 みっちゃん太田屋鉄砲町店」広島県広島市中区鉄砲町9-5和田ビル1F
「おりづるタワー」広島県広島市中区大手町1-2-1
鏑木志織
出演 鏑木志織(剣舞・創作舞踊・殺陣) NPO法人「和と人の交流ちとせ」代表理事。特技は剣舞・創作舞踊・殺陣。ミス江戸NADESHIKO2019準グランプリ受賞。JAPAN EXPO in Paris演舞ほか、JAPANIMANGA Night 2018(スイス)、KANAGAWA Festival in Hanoii 2019(ベトナム)等海外公演の実績あり。映画キングダム2にも関わる。Instagramフォロワー数1.8万人。
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栗本奈央子
執筆者 (ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。
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