- 弘前藩津軽家が治め続ける
- 弘前藩は、現在の青森県西部に位置していた藩です。支藩に黒石藩をもち、津軽藩が江戸時代を通じてこの藩を治め続けました。ここでは、弘前藩の歴史を詳しく紹介していきます。 弘前藩の誕生 弘前藩は、大浦為信(
弘前城とは、青森県弘前市にある江戸時代初期に築かれた近世城郭である。津軽氏の居城として整備され、現在は弘前公園として親しまれている。東北地方で唯一の現存天守を持つ城であり、濠や城門、櫓、石垣などが残る、津軽地方を代表する城跡である。
| 目的 | 津軽氏の居城、領国支配の拠点 |
|---|---|
| 特長 | 現存天守、三重の濠、城門・櫓が残る近世城郭 |
| 他の城との違い | ・東北地方で唯一の現存天守を持つ ・天守は石垣修理に伴い、本来の位置から移動している(2025年現在) ・城跡全体が弘前公園として整備され、桜の名所としても知られる |
| 石垣 | 現存 |
|---|---|
| 種類 | 野面積、打込接、布積みなど |
| 石材 | 安山岩 |
| 特長 | 本丸や天守台周辺などに石垣が残る。弘前城の石垣は時期や場所によって積み方に違いがあり、本丸東側石垣では自然石を用いた野面積や、加工した石を整えて積む打込接の石垣が確認されている。現在は本丸東側石垣の修理事業が進められており、天守は石垣修理に伴って曳屋により移動している。 |
| 別称 | 鷹岡城、高岡城 |
|---|---|
| 所在地 | 青森県弘前市 |
| 築城 | 1611年 |
| 築城者 | 津軽信枚 |
| 住所 | 青森県弘前市下白銀町1 |
| 電話番号 | 0172-33-8739 |
| 開館時間 | 本丸・北の郭は4月1日~11月23日が9時~17時。弘前さくらまつり期間は9時~21時 |
| 休館日 | 11月24日~3月31日 |
| 入園料 | 本丸・北の郭は大人320円、子供100円 |
| 備考 | 弘前城天守は石垣修理に伴い、2025年11月24日から数年間閉館予定。 |
弘前城は、鷹岡城、高岡城とも呼ばれる青森県弘前市下白銀町にある城です。江戸時代は弘前藩の藩庁として機能し、現在も江戸時代に作られた天守が東北で唯一残っています。そんな弘前城の歴史を紐解いていきましょう。
| 1603年 | 津軽為信が鷹岡で築城を計画 |
|---|---|
| 1609年 | 津軽信枚が築城を再開 |
| 1611年 | 弘前城が完成 |
| 1627年 | 落雷により五層天守が焼失 |
| 1810年 | 現在の三層天守が本丸辰巳櫓を改修して築かれる |
| 1871年 | 廃藩置県により弘前藩が廃止される |
| 1873年 | 廃城令により弘前城が廃城となる |
| 1895年 | 弘前公園として一般開放される |
| 1952年 | 弘前城跡が国の史跡に指定される |
| 2015年 | 本丸石垣修理に伴い、弘前城天守の曳屋が行われる |
| 藩庁 | 弘前城 |
|---|---|
| 旧地域 | 陸奥国津軽郡 |
| 石高 | 10万石 |
| 譜代・外様 | 外様 |
| 主な藩主 | 津軽家 |
| 推定人口 | 28万人(明治元年) |
南部氏の家臣であった津軽為信が南部氏の領土の一部を切り取る形で独立。
青森県弘前市にある弘前城は、東北で唯一の現存天守を持つ城郭です。弘前城のある弘前公園は日本でも有数の桜の名所として知られており、春は多くの人でにぎわいます。冬には雪燈籠まつりが開催され、雪国らしい景色を堪能できるスポットです。