姫路城兵庫県姫路市

  • 国宝天守が現存する世界文化遺産の城
  • 白漆喰の美しい姿から「白鷺城」と呼ばれる
  • 大天守・小天守・櫓・門・石垣・堀が残る日本屈指の近世城郭

姫路城とは、兵庫県姫路市にある中世から近世にかけての城である。白漆喰で塗り込められた美しい姿から「白鷺城」とも呼ばれ、国宝天守が現存する日本を代表する城として知られる。現在の大天守を中心とする城郭は、関ヶ原の戦い後に姫路城主となった池田輝政によって大きく整備された。大天守と小天守を渡櫓でつなぐ連立式天守群、複雑な門と通路、高石垣、堀が一体となり、城郭としての防御性と美しさを兼ね備えている。

姫路城の特長
目的 播磨支配の拠点、西国支配の要衝、姫路藩の政庁
特長 国宝天守、世界文化遺産、現存天守、連立式天守群、白漆喰、菱の門、石垣、堀
他の城との違い ・国宝に指定された現存天守を持つ
・日本で初めて世界文化遺産に登録された城のひとつである
・大天守と3つの小天守を渡櫓で結ぶ、完成度の高い連立式天守群が残る
姫路城の石垣・土塁
石垣 現存
土塁 一部現存
種類 野面積、打込接、切込接、算木積み、石垣、土塁、水堀、天守台
石材 凝灰岩、花崗岩、自然石、転用石など
特長 姫路城の石垣は、時代や場所によって積み方が異なる。羽柴秀吉の時代に築かれた古い野面積、池田輝政による大改修期の打込接や高石垣、後世の修理で整えられた切込接などを見比べることができる。天守台や本丸周辺の高石垣、扇の勾配を持つ石垣、隅部の算木積み、石棺や石臼などを使った転用石も見どころである。白漆喰の天守群と高石垣、堀が一体となった景観が、姫路城の大きな魅力である。
姫路城DATA
別称 白鷺城
所在地 兵庫県姫路市
築城 1346年頃、1601年から大改修
築城者 赤松貞範と伝わる。現在の城郭は池田輝政が整備
住所 兵庫県姫路市本町68
電話番号 079-285-1146
開城時間 9時~17時。閉門は16時。季節により延長の場合あり
休城日 12月29日・12月30日
入城料 一般(18歳以上)2,500円、姫路市民(18歳以上65歳未満)1,000円、18歳未満無料。姫路城・好古園共通券は2,600円
備考 姫路城は国宝・世界文化遺産で、日本100名城にも選定されている。大天守、乾小天守、西小天守、東小天守、渡櫓群などが国宝に指定され、城内には重要文化財の櫓・門・塀も多数残る。入城料は2026年3月1日に改定されている。
姫路城への交通アクセス
JR西日本・山陽新幹線・山陽本線・姫新線・播但線 姫路駅北口より徒歩約20分。

HISTORY 世界遺産に登録された近世城郭を代表する遺構、姫路城

姫路城は、播磨国飾磨郡(現・兵庫県姫路市)の北側にある姫山及び鷺山を中心に築かれた平山城です。江戸時代以前に作られた天守と櫓・渡櫓・棟・門・塀など80棟以上が現存し、8棟が国宝、47棟が重要文化財に指定されています。また、平成5年(1993年)には奈良の法隆寺と共に日本初の世界遺産(文化遺産)に指定された、世界にもその魅力が広く知られるようになりました。ここでは、姫路城の歴史を紐解いていきましょう。

姫路城の歴史
1333年 赤松則村が姫山に砦を築いたと伝わる
1346年 赤松貞範が姫山に本格的な城を築いたとされる
1580年 黒田孝高が羽柴秀吉に姫路城を譲り、秀吉が中国攻めの拠点とする
1581年 羽柴秀吉が3層の天守を持つ城へ改修したとされる
1600年 関ヶ原の戦い後、池田輝政が姫路城主となる
1601年 池田輝政により姫路城の大改修が始まる
1609年 大天守を中心とする天守群が完成する
1617年 本多忠政が姫路城主となる
1618年 本多忠政により西の丸が整備され、千姫ゆかりの化粧櫓などが築かれる
1749年 酒井忠恭が前橋から姫路へ入り、以後、酒井氏が明治維新まで城を治める
1869年 版籍奉還により姫路城が国有となる
1931年 姫路城天守群が国宝に指定される
1951年 文化財保護法により、姫路城天守群が改めて国宝に指定される
1956年 昭和の大修理が始まる
1964年 昭和の大修理が完了する
1993年 姫路城がユネスコ世界文化遺産に登録される
2006年 日本100名城に選定される
2009年 平成の大修理が始まる
2015年 平成の大修理を終え、姫路城がグランドオープンする
姫路城の始まり
姫路城の始まりは、元弘3年(1333年)に北朝の武将赤松則村が姫山に砦を築き、その息子赤松則村が本格的な城を築いたことが始まりといわれています。
なお、この説には異論があります。赤松氏が築いたのはあくまでも小さな砦であり、本格的な築城を行ったのは「軍師官兵衛」の通称で有名な黒田孝高(官兵衛)の祖父と父にあたる、黒田重隆と黒田職隆だったというものです。
現在、姫路城の公式ホームページでは、赤松氏が姫路城の前身である城を築いた説を採っています。
その後、赤松氏は赤松満祐の代で6代将軍足利義教を謀殺し、自害します(嘉吉の乱)。
主をなくした姫路城は、後に応仁の乱で西軍の総大将を務める赤松満祐が城代を務めるようになりました。
なお、応仁の乱が勃発した際、赤松氏9代目にあたる赤松政則が姫路城を陥落し、領地を回復します。
その後、姫路城は赤松氏の庶流である小寺氏、さらにその重臣の黒田氏の預かりとなり、天正8年(1580年)羽柴秀吉の中国攻めの本拠地として姫路城は彼に献上されました。
このとき、3層の天守閣が築かれています。天正13年(1585年)より、木下定家が姫路城城主となり、16年間城を守りました。
江戸時代の姫路城
慶長5年(1600年)に関ヶ原の戦いが起こり、徳川家康が天下統一を果たした後、姫路城は岐阜城攻略の功績として池田輝政に与えられました。
池田輝政は初代姫路城城主として、城の大改修を9年の月日をかけて行います。これにより、姫路城は現在の姿になりました。
その後、姫路城は池田家・本多家・松平家・榊原家など複数の家が城主を務め、増改築が繰り返された後、酒井家が明治維新まで城主を務めました。
明治時代以降の姫路城
明治維新後、姫路城は一旦陸軍省の管理下になりますがすぐに民間へ払い下げられます。
この際、一度は民間人のものになりましたが間もなく再度国有になります。国有になった姫路城は陸軍兵営地となり、歩兵の駐屯地にするために複数の建物が撤去されました。
その後、残された天守なども腐朽が進みましたが、陸軍の中村重遠工兵大佐が中心となり、姫路城の修復や保存運動が起こります。そして、名古屋城と共に天守や櫓などの保存が決まり、「明治の大修理」と呼ばれる大規模な修繕工事が行われました。
その後、姫路城は軍から姫路市に払い下げられ大正9年(1913年)に一般公開も開始します。昭和2年(1927年)には史跡に、昭和6年(1931年)には国宝保存法に基づき、国宝の指定を受けました。
太平洋戦争中、姫路には2度の空襲がありましたが幸いにも姫路城は大きな被害を免れます。なお、同じように保存された名古屋城は昭和20年(1945年)に空襲により焼失してしまいました。
昭和26年(1951年)戦災を免れた姫路城は改めて天守など8棟が国宝に指定されます。そして、昭和31年(1956年)昭和の大修理と呼ばれる8年をかけた大修復工事が行われました。
平成になると1993年にはユネスコ世界遺産に指定され国内だけでなく国外にまで知名度が高まりました。2009年~2015年にかけては平成の大修理と呼ばれる3回目の天守大修復が行われ、2015年に現在の姿となってグランドオープンしています。
現在の姫路城
現在の姫路城は天守・櫓など36の棟が見学可能です。公式ホームページでは推奨見学ルートのほか、スマホを使って城の各所の解説が聞ける「姫路城大発見アプリ」などの宣伝をしています。
特に、姫路城大発見アプリは無料で開設が聞けると好評です。
また、トの櫓、搦手周辺など一部の建物は春の特別公開にだけ公開されます。
興味のある人はその時期に行ってみるといいでしょう。
毎年5月にはお城祭が開かれ、大名行列など多彩な歴史絵巻を見ることができます。
このほか、毎年6月には浴衣祭が開催され、浴衣姿の観光客が姫路城に集います。
姫路城といえばサクラとのコラボレーションが有名ですが、現在は夜間のライトアップも行われており、季節によってはプロジェクションマッピングなども開催されています。
このほか、時代劇の撮影場所としても姫路城は頻繁に使われており、松平健主演の「暴れん坊将軍」では、江戸城として登場しました。

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姫路藩DATA
藩庁 姫路城
旧地域 播磨国飾東郡
石高 15万石
譜代・外様 譜代
主な藩主 酒井氏
推定人口 22万人(明治元年)

初代藩主は徳川家康の娘婿の池田輝政。幼少の孫の代に国替え後、譜代の本多忠政が入封。その後、松平家・榊原家・酒井家など藩主が交替。歴代藩主は大老や老中など幕府の要職に就任。

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姫路城
姫路城ってどんな城?
姫路城は兵庫県姫路市にある平山城で、1993年に法隆寺などとともに日本で初めて世界遺産に登録されました。天守は大天守と「東」「西」「乾」の小天守が渡櫓でつながった「連立式天守」で、それぞれの天守と渡櫓4棟が国宝に指定されているほか、櫓や門など74棟が重要文化財になっています。
姫路城の歴史を振り返ろう
姫路城は正平元年(1346年)に赤松貞範が同地に本格的な城を築いたのが始まりとされています。戦国時代には赤松氏の分家に当たる小寺氏や、その家臣の黒田氏が城主を務めました。
羽柴秀吉の中国攻めの時には当時の城主・黒田孝高(黒田官兵衛)が姫路城を秀吉に献上。このとき秀吉は3層の天守閣を築くとともに、大規模な城下町を整備しています。
慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いの後は、播磨52万石を得た池田輝政が姫路城の城主となり、翌年から8年がかりで大改修を実施。慶長14年(1609年)に連立式天守が完成し、現在に至っています。ちなみに三の丸や西の丸などの増築は、輝政の次に姫路城主となった本田忠政によるものです。
姫路城は「不戦の城」としても知られています。幕末の動乱の際も無血開城し、第二次世界大戦の空襲も大天守に焼夷弾が直撃したものの不発に終わりました。昭和に大規模な解体修理を実施し(昭和の大改修)、以前の姿を取り戻しました。その後、2009年から2015年までの「平成の大修理」を経て現在に至ります。
姫路城の見どころ①大天守
姫路城の一番の見どころは、なんといっても5重6階・地下1階の白い「大天守」!白さの秘密は「白漆喰総塗籠(しろしっくいそうぬりごめ)」で、外壁を白い漆喰で塗り、屋根瓦の目地にも白漆喰を使ったためです。さらに千鳥破風・大千鳥破風・唐破風を巧みに組み合わさったエレガントな屋根のデザインにも注目ですよ。
瀬戸内海まで望める、天守最上階からの美しい景色は必見!大棟両端にある阿吽一対の大鯱瓦や、瓦の白漆喰をじっくり眺めるのもおすすめです。
また、最上階には姫神・刑部大神が祀られる「刑部神社」があり、謎の美女が登場する妖怪退治の伝説が残されています。
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姫路城の見どころ②重要文化財の門に注目
姫路城は優れた防衛機能を持つ難攻不落の城として知られており、江戸時代には80以上の門が存在していました。現存するのは21棟(一部焼失・復元含む)ですが、このうち15棟が重要文化財です。
このうち代表的なのが二の丸に通じる入り口にある「菱の門」。櫓門と呼ばれる櫓の乗ったタイプの門で、冠木に菱の紋があるのが名の由来です。城の中で一番大きな門で、安土桃山時代の様式を残しています。
このほか、天井トラップ付きの「にの門」に抜け道のような「るの門」など、さまざまな個性的な門門があるのでいろいろと比べてみてくださいね。
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姫路城の見どころ③石垣
姫路城では羽柴・池田・本多時代の石垣をそれぞれ見学できます。菱の門近くにある羽柴時代の石垣は野面積みで、積み石棺などからの転用石があるのが特徴です。池田時代の天守台周辺の石垣は、打込接ぎ(うちこみはぎ)、本多時代の石垣は打込接ぎに加え、石の隙間を無くす切込接ぎ(きりこみつぎ)のものもあります。場所によりさまざまな石垣が見学できますよ。
普請担当者が印をつけた「刻印石」をはじめ、ちょっと変わった石もあるので探してみるのもおすすめです。
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姫路城の見どころ④大姫が暮らした二の丸
姫路城の二の丸は、徳川家康の孫娘・千姫が暮らした場所として知られています。豊臣秀頼の妻だった大姫は大坂の陣の後に本多忠刻と再婚し、姫路城にやってきます。この時の持参金10万石で増築されたのが二の丸で、千姫の休憩所だったとされる国宝「化粧櫓」や、総延長約300mの「西の丸長局(百問廊下)」などが見どころです。
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姫路城の見どころ⑤お菊井戸
姫路城には数々の伝説が残されていますが、その一つが「お菊井戸」。お菊の亡霊が井戸で皿を数えて「一枚足りない…」という怪談で知られていますが、実は似たような話が姫路城の井戸に残っています。
怪談の元ネタとして有名なのが江戸の『番町皿屋敷』ですが、姫路城は『播州皿屋敷』でこちらは室町時代の話。当時の城主を守るため、城主の暗殺をもくろむ家臣・青山鉄山の元にもぐりこんだお菊は、鉄山の家来に怪しまれ、皿を盗んだ罪を着せられて井戸に放り込まれて殺されてしまいます。その後、夜になると井戸のそばから皿を数える声が聞こえてきたそうです。
姫路城のおすすめ撮影スポット
優美な姿が魅力的な姫路城。春の桜、初夏の新緑に秋の紅葉、冬の雪景色に夜のライトアップと、時期や時間にあわせてさまざまな姿を堪能できます。
そんな姫路城の撮影は、美しく姫路市民が選んだ10カ所のビュースポット「世界遺産姫路城十景」からがおすすめ。「姫路城三の丸広場」「城見台公園」など城付近のスポットが便利ですよ。
このほか、菱の門をくぐってすぐ右にある「三国堀」での「逆さ姫路城」もおすすめ。3月から12月初旬の土日祝日には「姫路藩和船」が運行されており、和船でお堀を巡れます。美しい景色と写真撮影を楽しみましょう!
姫路城の見どころ13 姫路城の見どころ14 姫路城の見どころ15
栗本 奈央子
執筆者 栗本 奈央子(ライター) 元旅行業界誌の記者です。子供のころから日本史・世界史問わず歴史が大好き。普段から寺社仏閣、特に神社巡りを楽しんでおり、歴史上の人物をテーマにした「聖地巡礼」をよくしています。好きな武将は石田三成、好きなお城は熊本城、好きなお城跡は萩城。合戦城跡や城跡の石垣を見ると心がときめきます。